2010年6月9日水曜日

ナショナルズ時代到来か

今日は、ワシントン・ナショナルズのステフン・ストラスバーグ投手のデビュー試合であった。21歳右腕は前評判通りの素晴らしいピッチングをした。スピード・ガンは103マイルを観測していた。テレビで生中継を見ていたが、球が走ること、切れること、すばらしい鋭さだった。ナショナルズは弱小球団のため、今年のドラフトでも第1指名権を使い、17歳の超大物キャッチャーを獲とくした。ナショナルズに近い将来、歴史に残るバッテリーが誕生し、黄金時代が築かれるかもしれない。楽しみである。

2008年7月27日日曜日

ラオスの麻生さん

7月22日から24日に掛けて2泊3日でラオス南部に出張に行ってきた。そこで、なんとラオスの麻生さんに出会った。名前は分からないが、Y村の村長さんであるらしいので、政治家である点も共通している。ともかく、ちょっと日焼けしているが、顔や表情が極似であった。参考までに写真を添付する。(念のため左がラオスの麻生さん、右が日本の麻生さん)


2008年7月1日火曜日

偽物の宝庫(其の二)

最近、うちの女房が近くの市場でゾーリンゲンの爪切りを買ってきた。値段は200円弱。どう見ても偽物。しかも、Made in Germany ではなくMade in West Germanyってところが微妙。ベルリンの壁崩壊前の爪切りかよ!20年近い年代物じゃないかよ。半分、購買者をおちょっくってるんじゃないかと思えてくる。ゾーリンゲンとはドイツが世界に誇る高品質の刃物産地のはず。しかし、何故Sundayって書いてあるのかが疑問。Sundayってのがブランド名なのか?Zwilling と書いてないだけ良心的かもしれない。ともかく、切り心地は悪くない。さすがは、ゾーリンゲン!

2008年4月26日土曜日

偽物の宝庫

 ラオスに来て本当に関心すること・・・それは偽物の多さ。
 SONYではなくSOMYだったり、HITACHIではなくHATACHIだったりと、電化製品に関しては本物を探す方が難しい状況。そんな中、身の回りにある面白い偽物の写真をちょっとコレクションしてみた。




今後も随時公開していきたいと思う。

2008年4月20日日曜日

アンコール遺跡

 4月14日(月)から16日(水)に掛けてラオスでは正月であったため、この連休を利用して四泊五日でカンボジアのアンコールまで旅行してきた。
 感想は一言でいうと、スケールの大きさに感心した。一番有名なアンコールワットだけでも、相当規模が大きく、これだけ大きな建造物を全て石で積み上げ、しかもキメ細やかな彫刻まで施すには相当の労力が要ったことと思う。それなのに、アンコールワットの周辺に、他にも相当な大きさの石造寺院が数多く散在しているのである。そして、その建築様式も寺院ごとにユニークであり、飽きない。ヒンズー教の寺院と仏教の寺院が凌ぎ合っている。中には10世紀頃の古い建造物もあったが、殆どが1100年から1200年代頃に建設されたものらしい。日本でいうと鎌倉時代頃だから、遺跡と呼ぶにはそれ程は古くないのかもしれない。
 かなりの技術、アイデア、労働力、資源、統率力、芸術水準があったことは確かだ。言葉でこれ以上説明しても無駄なので、写真を掲載することとしたい。超メジャーなアンコールワットとバイヨン寺院周辺ではパックツアーがかなり目についた。おばさん達がみんな、大きな日傘をさしていて、写真を撮るのに超邪魔くさかった。





アンコールワットの日の出(朝5時にホテル出発した甲斐あった)







アンコールワットの裏側!






ここに書物を安置していたらしい。





バイヨン寺院にそびえ立つ4面相のタワー群
バイヨンのアップ









バイヨンの前でポーズ!

プレ・ループ(拙者のお気に入り)インディアナ・ジョーンズっぽいところがグッド。












東メボン。これもインディ・ジョーンズぽい。
東メボンにて渋く写真におさまる拙者。












おまけ:歩き尽した結果、足にハート型のマメができた。

2007年12月9日日曜日

バンビエン

 12月1日から2日に掛けてビエンチャンから北へ約150キロ離れたバンビエンという町に旅行に行ってきた。水墨画に出てくるような風景がそれなりにバックパッカーらに人気の観光地だ。ビエンチャンーバンビエン間の道端の風景は特別なものではないが、それなりに田舎の良い田園風景である。仏教圏のアジアらしく、蓮があちらこちらの池に浮かんでいた。
 肝心な目的地のバンビエンの風景はそれなりに良かったが、本当に景色が良いのは限られた場所のみで規模的にはあまり感激しなかった。夕方の風景はなかなかであった。小川に多くの橋が架かっており雰囲気を出していた。

バンビエンには本当にバックパッカーが多く、バックパッカー向けのロッジやバーが多く在った。それらのロッジやバーはレインボー・バー等といかにも何か怪しいものを吸いたいヒッピー系のバックパッカーを意識してつけられたような名前が目立った。普通のラオス風のホテルやレストラン、町並みはほとんど見られないのが残念である。もっとラオス文化を尊重した観光産業開発を町なり国なりが管理しながら行えば、こんなことにはならなかったはずなのにと拙者は思った。日本人のバックパッカーも見かけた。ともかく、欧米のバックパッカーはロックの鳴り響くバーとアメリカのコメディー番組がテレビでかかっているレストランに群がっており、長旅ご苦労さんですという皮肉な具合だった。

タートルアン祭り









 11月のある週末、ラオスの国家シンボルでもあるタートルアンにて国内最大級の祭りがあった。毎年、太陰暦12月の満月に開催されているらしい。そのクライマックス的なイベントであるロウソク行列に参加した。
 この週は町中がお祭りムードでタートルアンだけではなく、他の寺院でもいろいろな催し物が開催された。拙者はワット・シムアンのろうそく祭りにも足を運んだ。小さな舞台の上でバンドの音楽に合わせて子供が踊っていた。
 タートルアンは周囲半径1キロが通行止めになっており、周辺には移動遊園地や屋台、野外コンサート・ステージが多く設置され、物凄い人と音であった。拙者は屋台で何かの虫の幼虫のフライを買って食べてみた。カリカリに揚げてあって、フライドポテトのような感じでそう不味くはなかった。小エビのから揚げのような食感であったが、見た目はかなりグロかった。特に黒い眼が拙者には少々きつかった。また、ラーメンのようなものの屋台では、かなり冷めたスープにかなり伸びた麺が出てきたので、一口だけ食べてリタイアしてしまった。
 ビエンチャンの人口は70万人程であるのに、タートルアン付近には少なくとも10万人の人が集まっていたような気がする。
 肝心なろうそく祭りの様子は写真の通り。それほど、綺麗ということもなかった。この祭りのために全国から集まった僧侶が何かするということもなかった。花火が上がったが、かなり淋しかった。そして、何より花火の火薬の粉のようなものが眼に入って痛かった。その花火の様子はこんな感じ。
 まあ、人も多く賑わっており、ラオスらしい祭りを味わったような気がした。