2008年7月27日日曜日

ラオスの麻生さん

7月22日から24日に掛けて2泊3日でラオス南部に出張に行ってきた。そこで、なんとラオスの麻生さんに出会った。名前は分からないが、Y村の村長さんであるらしいので、政治家である点も共通している。ともかく、ちょっと日焼けしているが、顔や表情が極似であった。参考までに写真を添付する。(念のため左がラオスの麻生さん、右が日本の麻生さん)


2008年7月1日火曜日

偽物の宝庫(其の二)

最近、うちの女房が近くの市場でゾーリンゲンの爪切りを買ってきた。値段は200円弱。どう見ても偽物。しかも、Made in Germany ではなくMade in West Germanyってところが微妙。ベルリンの壁崩壊前の爪切りかよ!20年近い年代物じゃないかよ。半分、購買者をおちょっくってるんじゃないかと思えてくる。ゾーリンゲンとはドイツが世界に誇る高品質の刃物産地のはず。しかし、何故Sundayって書いてあるのかが疑問。Sundayってのがブランド名なのか?Zwilling と書いてないだけ良心的かもしれない。ともかく、切り心地は悪くない。さすがは、ゾーリンゲン!

2008年5月22日木曜日

ミャンマーと中国の災害

 ちょっと遅い反応になるが、5月に入ってミャンマーと中国で立て続けに起きた自然災害は果たして本当に「自然」災害なのかちょっと疑問である。ミャンマーでは去年、僧侶たちによる反政府デモがヤンゴンを中心に起き、武力で制圧した軍事政権は国際社会から制裁を受けた。中国では今年に入ってからチベット自治区においてチベット族が暴動を起こし、中国政府が武力によって制圧したため、(中国が国連安保理の常任理事国であるがために制裁はま逃れたが)五輪の聖火リレーで妨害を受けたり、北京五輪の開会式への出席を多くの欧米諸国首脳から断られたりする等の対応を受けた。そんな最中、ヤンゴン近郊にサイクロンが直撃し少なくとも13万人が死亡又は行方不明となり、10日と経たぬうちにチベット自治区に隣接する四川省で大地震が起き、これまでに最低5万人の犠牲者(死者及び行方不明者は8万人以上)が確認されている。中国の被害者は1000万人を超えた。両国とも国際社会に行政の正当性、有効性が疑問視されながらも、国際社会への情報や国交の更なる開放を拒み続けている最中に、まさに情報と国交の開放を必要とする災害が起きた。しかも10日の間に。50-60年に一度という規模の災害が10日間に2度、しかも最も注目されている場所において起きたのは本当に不思議である。これは見えざるなんらかの力が働いたとも思えてくる。
 かくしても、ミャンマーは最近首都をヤンゴンからナピドーに移転したばかりであった。昔、こち亀のマンガを読んでいて、政治家が東京から逃げ始めた時が一番危険だから東京から逃げるべきだと書いてあったことを想い出した。政治家は一般人より危険予知能力が優れているらしい。ミャンマーの軍事政権官僚にも無意識にそんな予知能力があったのかもしれない。

2008年5月6日火曜日

ハノイ旅行(辛口です)

 4月30日から5月4日に掛けてハノイに旅行してきた。かなり辛口なのでベトナムやハノイの好きな方は本投稿を読まないことをお勧めする。
 率直な感想は、ハノイよりビエンチャンの方が拙者の性に合っている。ラオスがベトナムのようにならないことを個人的には願う。ミャンマーのサイクロンの影響で天気があまり優れなかったためか、拙者が風邪気味であったためか知らぬが、ハノイの印象はあまり良くない。暗い、汚い、臭い、窮屈、ケチくさいというのが拙者の印象。「5K」である。全く秩序が無い状況で人口だけが異常に増加してしまった感じ。ラオスは人口が少ないから秩序が無くてもそれほど問題ないけれども、同じ秩序の無さで人口だけが物凄く増えてしまうとこうなってしまうらしい。ともかくゴミが多いし、そのために臭いし、スクーターが無秩序に何の規則も守らずに本当に我がままに走っている。信号を守って道を渡ってもスクーターに引かれそうになる。歩道を歩いていても他人の肩が頻繁にぶつかってくる。避けきれないほど混雑しているわけでもないのに。当然、失礼もすいませんもない。要は町全体が通勤ラッシュ時の満員電車内状況なのである。道は皆のゴミ箱状態。人々もあまり愛想が良くない。ほとんどの人がお洒落にもまったく気を使っておらず、パジャマのような格好で平気で外出している。例外は確かにあるが、全般的に服装や建物に関する雰囲気や美学に関心はないようだ(油絵のギャラリーは以外と多く、絵のセンスはかなり高かったけど・・・)。ハノイは拙者が過去に旅行した嫌いな街ワースト3には入るような気がする。拙者は旅行中、本当に悲しみを覚え、鬱に陥った。
 ホテルもインターネットで予約したところに泊まったが、実物がインターネットの写真と全く違う。☆☆☆の格付けのホテルであるようだが、どうやら国際的水準ではなくベトナム水準の☆☆☆なのであろう。日本のアゴラとかいう予約会社のウェブサイトを通して予約したので早速苦情のメールも書くつもりである。写真のロビーや部屋は超広角レンズか何かで撮影した後、コンピューターで相当の修正をしたのであろう。一応、写真と実物を見比べると同じホテルだ。住所も完全にマッチしている。拙者が泊まるホテルを間違えたわけではない。ベッドのシーツに多数の穴が空いており、コップのコースターもカビている。宣伝されていたフルーツバスケットにはバナナが数本入っているのみ。トイレが外から丸見え(ブラインドが壊れていて閉まらない)。シャンプーとリンスの入った容器が物凄く汚い。石鹸は基本的に頼まないといけない。もちろんトイレもシャワーも汚い。朝食付きということらしいが、本当に不味いし悲しくなる食事なのでホテルでは朝食はとらないことにした。
 飛行場での対応も滅茶苦茶悪かったし、飛行場の両替やタクシーサービスも詐欺まがいなことばかりしてきて頭にきた。両替レート表の通り両替してくるのだと思ってドルを渡したが、戻ってくる現地通貨(ドン)が何故か少ない。問いただすと、10%の税金を両替した後に差し引くそうだ。それなら最初からレート表に書いておけ!帰りに飛行場でビールを買おうとしたが、店員がいない。$1.5の値段が付いていたので、お金だけ置いていこうと思ったけど、お釣が必要だったので他の店で買うことにした。ビールを買える店は数件並んでいるのだが、どこも店員がいない。どうやら近くの待合ロビーで駄弁っている姉ちゃんたちがこれらの店の店員らしい。仕方なく店員がいる店で買おうとしたが、$2.5もするので買うのは辞めた。ベトナムの商売成功法はセコく他人を騙すことなのかとまで思った程だ。日本のように責任を持ってプロの仕事をして客の信頼を得るという概念はこの国にないのか?
 まあ、たった4日間にしては相当に話の種ができた。秩序がなくても、ラオスのようにまだのんびりしていて、悪い言い方ではあるが、人がある意味、悪賢かったりしなければ、それはそれで気楽でいいのかもしれない。それが、秩序がない上に、多くの個人が自分勝手でセコく、ガツガツしており、公衆道徳もなく、無責任ではどうしもない。ベトナム以上の人口を擁していてるのに、より秩序が守られており、ばりばりの資本主義なのに社会の調和が保たれている日本はある意味奇跡だと思った。一日本人として、この日本の良さを守り、後世にも引き継いでいかなくてはいけない責任を強く感じた。日本がハノイのように決してならないよう、責任感、思いやり、気配り、協調性など、日本が世界に誇れる精神をより大切にしたいと痛切に思い、焦りさえも感じた。
 参考までに写真も添付する。




カビたコースターにコップが載っていた。悲しい~!
ハノイの割と綺麗な街角。







ハロン湾は綺麗だよ。




2008年4月26日土曜日

偽物の宝庫

 ラオスに来て本当に関心すること・・・それは偽物の多さ。
 SONYではなくSOMYだったり、HITACHIではなくHATACHIだったりと、電化製品に関しては本物を探す方が難しい状況。そんな中、身の回りにある面白い偽物の写真をちょっとコレクションしてみた。




今後も随時公開していきたいと思う。

2008年4月20日日曜日

アンコール遺跡

 4月14日(月)から16日(水)に掛けてラオスでは正月であったため、この連休を利用して四泊五日でカンボジアのアンコールまで旅行してきた。
 感想は一言でいうと、スケールの大きさに感心した。一番有名なアンコールワットだけでも、相当規模が大きく、これだけ大きな建造物を全て石で積み上げ、しかもキメ細やかな彫刻まで施すには相当の労力が要ったことと思う。それなのに、アンコールワットの周辺に、他にも相当な大きさの石造寺院が数多く散在しているのである。そして、その建築様式も寺院ごとにユニークであり、飽きない。ヒンズー教の寺院と仏教の寺院が凌ぎ合っている。中には10世紀頃の古い建造物もあったが、殆どが1100年から1200年代頃に建設されたものらしい。日本でいうと鎌倉時代頃だから、遺跡と呼ぶにはそれ程は古くないのかもしれない。
 かなりの技術、アイデア、労働力、資源、統率力、芸術水準があったことは確かだ。言葉でこれ以上説明しても無駄なので、写真を掲載することとしたい。超メジャーなアンコールワットとバイヨン寺院周辺では韓国人のパックツアーがかなり目についた。おばさん達がみんな、大きな日傘をさしていて、写真を撮るのに超邪魔くさかった。





アンコールワットの日の出(朝5時にホテル出発した甲斐あった)







アンコールワットの裏側!






ここに書物を安置していたらしい。





バイヨン寺院にそびえ立つ4面相のタワー群
バイヨンのアップ









バイヨンの前でポーズ!

プレ・ループ(拙者のお気に入り)インディアナ・ジョーンズっぽいところがグッド。












東メボン。これもインディ・ジョーンズぽい。
東メボンにて渋く写真におさまる拙者。












おまけ:歩き尽した結果、足にハート型のマメができた。

2007年12月9日日曜日

バンビエン

 12月1日から2日に掛けてビエンチャンから北へ約150キロ離れたバンビエンという町に旅行に行ってきた。水墨画に出てくるような風景がそれなりにバックパッカーらに人気の観光地だ。ビエンチャンーバンビエン間の道端の風景は特別なものではないが、それなりに田舎の良い田園風景である。仏教圏のアジアらしく、蓮があちらこちらの池に浮かんでいた。
 肝心な目的地のバンビエンの風景はそれなりに良かったが、本当に景色が良いのは限られた場所のみで規模的にはあまり感激しなかった。夕方の風景はなかなかであった。小川に多くの橋が架かっており雰囲気を出していた。

バンビエンには本当にバックパッカーが多く、バックパッカー向けのロッジやバーが多く在った。それらのロッジやバーはレインボー・バー等といかにも何か怪しいものを吸いたいヒッピー系のバックパッカーを意識してつけられたような名前が目立った。普通のラオス風のホテルやレストラン、町並みはほとんど見られないのが残念である。もっとラオス文化を尊重した観光産業開発を町なり国なりが管理しながら行えば、こんなことにはならなかったはずなのにと拙者は思った。日本人のバックパッカーも見かけた。ともかく、欧米のバックパッカーはロックの鳴り響くバーとアメリカのコメディー番組がテレビでかかっているレストランに群がっており、長旅ご苦労さんですという皮肉な具合だった。